大原桂南先生からの書簡

  • 2009/01/09(金) 20:11:10

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大原桂南(本名:専次郎)




邑久郡下笠加からの書状(戦後・昭和20年=1945以後〜)






岡山市難波町からの書状(戦前・昭和20年=1945以前)




S11? -はがき
S1--はがき はがき文面=S1--.     S1111はがき  はがき文面=S1111



S10 封書〜
               S10封書西浦=S1009
S10西浦文〜B S10西浦文〜A




「雄峰」雅号の改変について
 一臼先生の最初の雅号「雄峰」は、岡山師範時代の昭和5年頃に先生ご自身が命名されたものです。気分一新のためか否かは不明ですが、約10年後の大邱師範時代の昭和16年前後に改号について真剣に考えられ、桂南先生に相談されたようです。
 大邱府三笠町の河田先生にあてた、大原桂南先生の手紙がこれを物語っています。 
                             改号封書表書き・

           =?改号文 =?改号文

       =?改号文 =?改号文

      =?改号文

=?改号文 =?改号文
追伸において桂南先生は『改号』に対する所感を述べておられる。
「雅号ハ雄峰にて十分と・これを変更するのは何か動機が〜〜〜
若し変更するのなら桂山より外に何かよいものを考へらたらと存じ申〜」
即ち一度示した「桂山」に一臼先生が余り乗り気でなかったので、無理に
改号することもあるまいと諭されたものと思います。













一臼先生の最初の書の師は、玉島・西浦小学校でお会いになった久戸瀬春洋先生である。フサエ先生と結婚されたのも、久戸瀬春洋先生との縁があったればこそである。

 久戸瀬春洋先生が当時の一臼先生にあてた書状が一通だけ残っています。

  久戸瀬葉書・表 久戸瀬葉書・裏